[以下は授業のエッセンスを再構成したもので、授業内容とはかならずしも一致しません。]
人類の起源を問う問いは、古くから哲学的・宗教的な問いと結びついてきました。キリスト教的世界観では文明以前の人間は堕落した存在とみなされましたが、ルソーは自然状態の人間を「自然人」として肯定的に描き、ホッブズは「万人の万人に対する闘争」と捉えました。
18〜19世紀になると、科学的な人類理解が進みます。リンネがヒトを霊長類に分類し、キュビエが化石生物の絶滅を指摘しました。ダーウィンはその流れを受けて「種の起源」で種分化による生物多様性の成立を、「人間の由来」でヒトと大型類人猿の近縁性を論じ、「ミッシング・リンク」や「ホミニゼーション」という概念が生まれました。またダーウィンはこの著作のなかで、人類がアフリカで誕生したというアフリカ起源説をすでに提唱していました。
19世紀末から20世紀初頭にかけて化石が相次いで発見されるなか、「それは人類か類人猿か」という問いが中心となりました。大きな脳容積、きゃしゃな顎、直立二足歩行に対応した骨格などが人類を識別する特徴として注目されました。1911年に発見された「ピルトダウン人」は、ヒト的な大きな頭蓋と類人猿的な下顎を合わせ持つように見えたため、「大きな脳が先に進化した」という当時の人類観に合致するものとして注目されました。しかし後に捏造であることが判明します。
1924年にダートが南アフリカで発見した「タウング・チャイルド」は、小さな脳を持ちながら直立していたとされ、 Australopithecus africanus と命名されました。これは「直立する身体が先に進化し、脳の拡大はその後に続いた」という、現在まで受け継がれる人類共通祖先のイメージを最初に確立した発見でした。またダーウィンのアフリカ起源説とも符合し、アフリカが人類進化の舞台であるという理解を裏づけるものとなりました。 A. africanus 自体は現生人類の直接の祖先ではないことが後に判明しましたが、こうした点でその発見は今日においても重要な意味を持っています。
今日の自然人類学は4つのアプローチで人類進化を研究しています。
- 古人骨・化石と遺跡の研究は発掘を通じて形態学的特徴を解明します。
- 現生霊長類の研究は形態と生態・心理の関係を明らかにします。
- 自然社会の人々の生態学的研究は農耕以前の人類の生き方を探る視点を提供します。
- 分子遺伝学的研究は系統関係・交雑・拡散の歴史を解明しており、機能遺伝子が得られればさらに多くのことがわかると期待されています。