[以下は授業のエッセンスを再構成したもので、授業内容とはかならずしも一致しません。]
生態学とは、生物と環境の相互作用 (かかわりあい) を探求する学問分野です。 生態学を学ぶことによって、人間も含めた生物どうし、生物と非生物のあいだの関係がわかります。 それがわかると、これまでとは世界の見えかたや事物の捉えかたに変化が生じます。 それは、生態学的な考えかた、ものの見方を会得するということです。
生態学に限らず、ある学問分野を学ぶとは、その分野の研究成果の知識をたくさん記憶することではありません。 それはただの「物知り」です。ぜひ、授業を通じて生態学の「考えかた」に触れてください。 そして、それが自分の世界観や価値観にどういう変化を生じさせるか、楽しんでください。
今回は導入として、簡単な思考実験をやってみたいと思います。 「あなたは、10年前の今日、どこで、何をしていましたか?」
こう問われて、あなたはおそらく記憶をたどり、小学生だった頃の自分を思いうかべたことでしょう。 それはたしかに、10年前のあなたの姿です。ただし、ある意味においてのみ。
「10年前の自分」を生態学的に考えてみましょう。 じつは生態学的な考えかたにもいろいろあるのですが、ここでは「物質循環」という観点をとりあげてみます。
さっき、あなたの記憶のなかにあらわれた10年前の自分と、今のあなたは、同じ物質でできていません。 わたしたちは生物として生きる過程で、10年のあいだにたくさんの物質を食物や吸気として環境から摂取し、一方でそれと同じくらいたくさんの物質を排泄物や分泌物、呼気などとして環境中に放出してきました。それを代謝といいます。 10年間の代謝活動によって、おそらく10年前と今のあなたとはまるで異なる物質に置き換わってしまっているのです。 この事実を知って、みなさんはどう感じるでしょうか。
では、現在のあなたの体を構成する物質は、10年前どこで何をしていたのでしょうか? それを知るには、あなたがそれらの物質をどこからどのように摂取したか、さらに、それらの物質があなたに摂取されるまでどこをどのように移動してきたかをたどる必要があります。 簡単にいうと、をあなたの食事はどこから来ましたか?ということです。 「10年前の自分」を生態学的に捉えようとしたとき、やるべきことは記憶ではなく食事を遡ることなのです。
てはじめに、「きのうの夕食」を考えてみましょう。 それらは、まちがいなく今のあなたの体の一部になっています。 何を食べましたか?
まず、食材レベルで書き出してみましょう。 その次に、それらの食材があなたの食卓に来るまえにはどこにあったのかをたどりましょう。
たとえば、私の場合、肉じゃがを食べましたが、牛肉を冷蔵庫から出してきて調理しました。 冷蔵庫に来るまえは、スーパーの棚にありました。ではその前は、おそらく倉庫にあったのでしょう。 ではその前は、とたどっていくと、日本のどこかの畜産農場の牛の体にたどりつきます (国産、とかかれていたので)。
では、牛肉が牛の体になる前はどこにあったのでしょうか? それはもちろん、牛の餌でした。ではその牛の餌はどこから来たのでしょうか? ここまで辿ると、正確なことはわかりません。しかし、私が購入するような価格の国産牛肉であれば、アメリカ、中国、ウクライナなどで栽培されたトウモロコシなどの穀物に違いありません。 あれれ、わざわざ「国産」を選んで買ったのに、結局海外にいってしまいまいした。
さらに、それらの穀物が穀物になる前はどこにあったのでしょう? それはもちろん、穀物の肥料でした。 ではその肥料は何で、どこから来たのでしょうか? さすがにもうわからないですね。
話を「10年前の自分」に戻しましょう。 今の自分の10年前を物質レベルでたどると、自分のからだは実は世界中のいたるところから集められた物質で構成されている、ということが実感できるでしょう。
ちょっと、感動的ではないですか? 価値観や世界観が揺すぶられないですか? そして、今までよりも世界のことが身近に感じられると同時に、もっと世界のことに関心をもたなくてはならないな、と思いませんか?
いま、爆弾が落とされているその地面が、未来のあなたの体になるのかもしれません。
次回以降、さらにいろいろな話題をとりあげます。心を揺すぶられる体験をしてもらえるとうれしいです。