<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>動物社会生態学・霊長類学研究室</title><link>https://ous-primatelab.github.io/tags/%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92%E5%AD%A6/</link><description>Recent content on 動物社会生態学・霊長類学研究室</description><generator>Hugo -- gohugo.io</generator><language>ja-jp</language><copyright>© 2026 Y. Takenoshita, Laboratory of Animal Socio-Ecology and Primatology, Okayama University of Science. All rights reserved.</copyright><lastBuildDate>Sat, 02 May 2026 11:24:00 +0900</lastBuildDate><atom:link href="https://ous-primatelab.github.io/tags/%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92%E5%AD%A6/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>動物園学 レクチャー (1) 動物園の歴史</title><link>https://ous-primatelab.github.io/blog/course-zoo-l1/</link><pubDate>Sat, 02 May 2026 11:24:00 +0900</pubDate><guid>https://ous-primatelab.github.io/blog/course-zoo-l1/</guid><description>&lt;p>[以下は授業のエッセンスを再構成したもので、授業内容とはかならずしも一致しません。]&lt;/p>
&lt;p>「動物園学」の授業はグループワーク中心ですが、レクチャーを2回やります。第1回は「動物園の歴史」です。
村田ほか著「動物園学入門」(朝倉書店、2014年: [&lt;a href="https://amzn.to/4n7DJj0">Amazonリンク&lt;/a>]) を下じきにして、わたし自身の考えも盛りこみつつ、世界と日本の動物園の歴史を概観します。&lt;/p>
&lt;p>「動物を集めて人々に見せる」行為は古くから世界各地で行われてきました。古代中国では「苑囿」と呼ばれる施設に象・犀・獅子などの珍獣が収集され、古代エジプトやペルシアでも遠征の成果として異国の動物が宮廷に集められました。古代ローマでは凱旋式のパレードや円形競技場での猛獣狩りパフォーマンスに動物が使われました。これらはいずれも帝国の権力と栄華の象徴であり、あらゆる生物を支配下におくという力の誇示でした。一方、中国の南宋時代やヨーロッパのサーカス、江戸時代の「猿茶屋」「鹿茶屋」のように、庶民の娯楽・見世物としての側面も古くから存在しました。&lt;/p>
&lt;p>近代動物園の直接の前身はヨーロッパの「王様の動物園」です。13世紀ごろのロンドン塔のメナジェリーや17世紀ルイ13世のヴェルサイユのメナジェリーがその代表で、現在のロンドン動物園やフランス自然誌博物館附属のメナジェリーにつながっています。近代動物園の元祖とされるのは1752年開園のウィーン・シェーンブルン動物園で、1765年から一般市民への公開が始まりました。この時代の動物園の成立には、大航海時代による異国の動物の入手可能性の拡大、リンネやビュフォンらによる自然科学・博物学の発展、そして人間の理性と科学的・文化的成熟を重んじる啓蒙主義の思想が背景にありました。&lt;/p>
&lt;p>19世紀になると市民革命と国民国家の成立を受け、動物園は「国民のための施設」へと変貌します。ロンドン動物学会が運営するロンドン動物園（Zoo）は、動物の体系的収集・学術研究・国民教育を目的とし、欧米各地に大規模動物園が開園するきっかけとなりました。20世紀に入るとハンブルク動物園（1907年）が広い空間に動物を展示し、自然に近い生態・行動を見せるという発想を導入しました。サファリパークや特定の分類群に特化した動物園など多様な形態も生まれ、動物園はさらに広がりを見せます。&lt;/p>
&lt;p>一方、20世紀後半になると野生動物の保護・保全が動物園の重要な使命となっていきます。ニューヨーク動物学会は国際野生動物保全プログラムを立ち上げ、1993年には協会全体を野生動物保全協会（WCS）に改組しました。ロンドン動物学会や東京動物園協会も保全活動を展開しています。現代の動物園ではさらに、飼育動物のQOL向上を目指す環境エンリッチメント・動物福祉の考え方が広まり、生息地外での繁殖・遺伝子保存・野生復帰を目指す「域外保全」も重要な役割となっています。&lt;/p>
&lt;p>日本では明治以降、西洋から近代動物園の概念が導入されました。福沢諭吉が「西洋事情」（1866年）で西洋の動物園を紹介し、1882年には上野に国立博物館の野外展示場として動物園が開園しました。その後、鉄道会社が集客施設として動物園を設け遊園地を併設するなど、娯楽施設としての色彩が強まりました。動物園が娯楽施設とみなされていたことは、戦時中に動物園が縮小・廃止され、動物が処分されるという悲劇にもつながりました。しかし平和が戻ると、今度はその娯楽施設としての性格ゆえに、動物園は子どもの楽しみや市民の憩いの場として改めて大切にされるようになりました。&lt;/p>
&lt;p>しかし近年、日本の動物園は大きな転換期を迎えています。動物福祉・環境エンリッチメント・域外保全といった欧米型の動物園が長年取り組んできた理念や実践を取り入れ、単なる娯楽施設から脱却しようとする動きが各地で広がっています。展示の方法も動物本位の考え方にもとづいて見直され、動物の自然な行動や生態を伝えることに力が注がれるようになりました。娯楽から保全・教育・研究へ――日本の動物園はいま、その役割と意義を根本から問い直す、もっともおもしろい時代を迎えているといえるでしょう。&lt;/p>
&lt;p>時代によって動物園の目的や役割は大きく変わってきました。権力の誇示から博物学・市民教育、そして動物の保護・保全へと、その意義は時代とともに移り変わってきました。しかし古代の宮廷から現代に至るまで、一貫していえることがあります。動物園が栄えるのは、つねに社会が平和で安定しているときです。戦時中に動物が処分され動物園が閉じられたように、動物園の盛衰は社会の平和と不可分に結びついています。その意味で動物園は、どの時代においても、平和の象徴であり続けてきたといえるでしょう。&lt;/p></description><content:encoded><![CDATA[<p>[以下は授業のエッセンスを再構成したもので、授業内容とはかならずしも一致しません。]</p>
<p>「動物園学」の授業はグループワーク中心ですが、レクチャーを2回やります。第1回は「動物園の歴史」です。
村田ほか著「動物園学入門」(朝倉書店、2014年: [<a href="https://amzn.to/4n7DJj0">Amazonリンク</a>]) を下じきにして、わたし自身の考えも盛りこみつつ、世界と日本の動物園の歴史を概観します。</p>
<p>「動物を集めて人々に見せる」行為は古くから世界各地で行われてきました。古代中国では「苑囿」と呼ばれる施設に象・犀・獅子などの珍獣が収集され、古代エジプトやペルシアでも遠征の成果として異国の動物が宮廷に集められました。古代ローマでは凱旋式のパレードや円形競技場での猛獣狩りパフォーマンスに動物が使われました。これらはいずれも帝国の権力と栄華の象徴であり、あらゆる生物を支配下におくという力の誇示でした。一方、中国の南宋時代やヨーロッパのサーカス、江戸時代の「猿茶屋」「鹿茶屋」のように、庶民の娯楽・見世物としての側面も古くから存在しました。</p>
<p>近代動物園の直接の前身はヨーロッパの「王様の動物園」です。13世紀ごろのロンドン塔のメナジェリーや17世紀ルイ13世のヴェルサイユのメナジェリーがその代表で、現在のロンドン動物園やフランス自然誌博物館附属のメナジェリーにつながっています。近代動物園の元祖とされるのは1752年開園のウィーン・シェーンブルン動物園で、1765年から一般市民への公開が始まりました。この時代の動物園の成立には、大航海時代による異国の動物の入手可能性の拡大、リンネやビュフォンらによる自然科学・博物学の発展、そして人間の理性と科学的・文化的成熟を重んじる啓蒙主義の思想が背景にありました。</p>
<p>19世紀になると市民革命と国民国家の成立を受け、動物園は「国民のための施設」へと変貌します。ロンドン動物学会が運営するロンドン動物園（Zoo）は、動物の体系的収集・学術研究・国民教育を目的とし、欧米各地に大規模動物園が開園するきっかけとなりました。20世紀に入るとハンブルク動物園（1907年）が広い空間に動物を展示し、自然に近い生態・行動を見せるという発想を導入しました。サファリパークや特定の分類群に特化した動物園など多様な形態も生まれ、動物園はさらに広がりを見せます。</p>
<p>一方、20世紀後半になると野生動物の保護・保全が動物園の重要な使命となっていきます。ニューヨーク動物学会は国際野生動物保全プログラムを立ち上げ、1993年には協会全体を野生動物保全協会（WCS）に改組しました。ロンドン動物学会や東京動物園協会も保全活動を展開しています。現代の動物園ではさらに、飼育動物のQOL向上を目指す環境エンリッチメント・動物福祉の考え方が広まり、生息地外での繁殖・遺伝子保存・野生復帰を目指す「域外保全」も重要な役割となっています。</p>
<p>日本では明治以降、西洋から近代動物園の概念が導入されました。福沢諭吉が「西洋事情」（1866年）で西洋の動物園を紹介し、1882年には上野に国立博物館の野外展示場として動物園が開園しました。その後、鉄道会社が集客施設として動物園を設け遊園地を併設するなど、娯楽施設としての色彩が強まりました。動物園が娯楽施設とみなされていたことは、戦時中に動物園が縮小・廃止され、動物が処分されるという悲劇にもつながりました。しかし平和が戻ると、今度はその娯楽施設としての性格ゆえに、動物園は子どもの楽しみや市民の憩いの場として改めて大切にされるようになりました。</p>
<p>しかし近年、日本の動物園は大きな転換期を迎えています。動物福祉・環境エンリッチメント・域外保全といった欧米型の動物園が長年取り組んできた理念や実践を取り入れ、単なる娯楽施設から脱却しようとする動きが各地で広がっています。展示の方法も動物本位の考え方にもとづいて見直され、動物の自然な行動や生態を伝えることに力が注がれるようになりました。娯楽から保全・教育・研究へ――日本の動物園はいま、その役割と意義を根本から問い直す、もっともおもしろい時代を迎えているといえるでしょう。</p>
<p>時代によって動物園の目的や役割は大きく変わってきました。権力の誇示から博物学・市民教育、そして動物の保護・保全へと、その意義は時代とともに移り変わってきました。しかし古代の宮廷から現代に至るまで、一貫していえることがあります。動物園が栄えるのは、つねに社会が平和で安定しているときです。戦時中に動物が処分され動物園が閉じられたように、動物園の盛衰は社会の平和と不可分に結びついています。その意味で動物園は、どの時代においても、平和の象徴であり続けてきたといえるでしょう。</p>
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